皇帝は、早瀬に君臨せず。
"日出處天子致書日没處天子無恙云々" かの有名な国書の書き出しとされる一文。太陽が昇る所(日本)の天皇から、太陽の沈む所(隋)の皇帝へ、お変わりなくお過ごしですか? ざっくり言うとそんな感じ。この一文に隋の煬帝は激怒したと言われています。日本を日の出の勢い 、隋を斜陽の国とした不遜な態度にキレたと思われがちですが、そうではないようです。日出處、日没處の語は、大智度論という経論にあり、日出と日没に優劣の意図はなく、単に東西を表現しているだけだそうな。
ならば煬帝は何にキレたのか、彼を激怒させたのは"天子"の一語です。"天子"則ち"皇帝"とは唯一無二の存在、天に二日無しという訳です。それを極東の小さな島国が自称したので大いに怒ったのです。自らが唯一無二、世界の中心であると信じて疑わぬ隋、その隋と対等に渡り合わんとする日本、そんな2国の思惑が交錯した歴史の1コマ。
さて、話を天子から日出處に戻します。このように東方を太陽の昇る所と表現する例は、西洋世界でもみられ、東洋を意味するオリエント(Orient)は、太陽の昇る方向を表すラテン語 Oriens に由来するそうです。太陽は東から昇り西に沈む、洋の東西を問わず普遍の原理なのです。
ところで、ハゼの世界においても日出處の天子がいます。ハヤセボウズハゼ Stiphodon imperiorientis です。和名に皇帝要素はありませんが、学名をみてみると、imperator(皇帝)+ orient(太陽の昇る方)= 日出處の天子となります。長年にわたりハゼ類の分類のご研究をされている上皇陛下にちなんだ学名です。上皇陛下に関わる名を持つハゼは他にもおり、イトヒキインコハゼ Exyrias akihito や南太平洋に分布するボウズハゼ亜科のアキヒト属 などがいます。これらの種のような直接的な献名も素敵ですが、我が国の歴史の1コマをラテン語に落とし込んだ imperiorientis という種小名からは、献名先への敬意だけでなく、彼が背負うものを理解しようとする一歩踏み込んだ心を感じます。
という訳で、とっても素敵な学名を持つハヤセボウズハゼの御尊顔がこちら。

写真の個体は、ハヤセボウズハゼにしてはちょっと小さめです。大型のオスの第1背鰭は伸長し先端が尖ります。また、体側には暗色横帯が並び、背鰭と尾鰭には白い点列が入ります。全身ギンギラギンでド派手なコンテリとは趣向の異なる、シックで渋い感じの見た目をしてます。本種は、日本国内では沖縄島、石垣島、西表島、奄美大島から記録があります。かつては琉球列島の固有種と考えられていましたが、台湾、中国本土にも分布することが明らかになりました。他の珍しい系スティフォドンの例に洩れず、本種についても東南アジアに分布の中心が存在する可能性が示唆されています。和名の通り、早瀬など川の中でも流れの早い場所を好むのかと思いきや、割と流れのない所にいます。ハヤセボウズハゼならぬフチボウズハゼです。そもそも国産スティフォドンはだいたい淵にいる気がします。ガッツリ瀬の中に出てくるのはナンヨウとニライカナイくらいでしょうか。学名はカッコいいのになんでこんな和名になってしまったのか…
私がハヤセボウズハゼに出会ったのは学部3年生の秋、曇天の肌寒い日のことでした。川の脇にある伏流水が滲み出たような小さなたまりに、メスが1個体ポツンと佇んでいました。この個体を某所に持ち込んだ事が、後のニライカナイボウズハゼとの出会いに繋がったことを思うと、あの時のハヤセは運命の女神だったのかもしれません。あの時吸い寄せられるように覗き込んだ水たまり、あの日、あの時、あの場所で君に会えなかったら。そんなことを思ってみたり。

【追記:2024年11月26日】
先週、沖縄本島でハヤセをシバいてきました。今まで採ってきたどの個体よりも立派だったので、ここに追記します。
